
ビートルズ・ブートレッグ55年目の真実
Reviews 15 Tobe Milo と カリフォルニア州の某プラント
1976年にTobe Milo Productionは登場した。
結成前のメンバーの一人が制作した「GEORGE HARRISON 1974(Babymoon, ToMi15)」は別として、「Tobe Milo Production」としての最初のリリースはGet Together! (EP Black, ToMi02)であった。そして1979年頃制作されたと思われるMan Of The Decade(ToMi04)ではメンバーの1人が脱退し、実質「Tobe Milo Production」ではなくなった。しかし、彼らが使用していたレコード番号はAcross The Universe(7", 33 1/3 Rpm, ToMi06)の「5Q3」まで続き、このシングル盤とほぼ同じ仕様のWings / Christmas(7", 33 1/3 Rpm, ToMi07)までが、一つの区切りと言えよう。
「Get Together! 」から「Wings / Christmas」に至るまで、「セクション 11 Mr. Audifönと呼ばれた男」で取り上げた、「the 910」1991年(Oct/Nov)Vol.1 Tobe Miloのブートレッグが特集された「Tobe Milo Archives」の内容に沿って「Tobe Milo Production」名義のタイトルは全部で14タイトルとなる。(14タイトルに「GEORGE HARRISON 1974(Babymoon)」は含まれず、「Man Of The Decade」は含まれている)。また未エントリーではあるが「Live At The Abbey Road Studio」も含めてある、このタイトルは近い将来Lidoor-blogでアップする予定である。)
そして今回、この14タイトルの中から、マトリックスに「VC-」という記号が付いているものを特にピック・アップする。(Tobe Milo名義の「VC-」がついているものは9タイトル、Tobe Milo名義ではなく「VC-」がついた3タイトル) なぜならば、それらのタイトルは、確実に同一のプラントでプレスされており、それらタイトルを点として結び付けていくと興味深い線となるからである。
まずTobe Milo名義で「VC-」記号のついた9タイトルを、マトリックス・ナンバー順に並べると次のようになる。(なおプレス時期は前述のTobe Milo Archivesに掲載されているものである)
これらマトリックスに「VC-」記号があるものはカリフォルニア州サクラメントにあったプラントであったことが判明している。
下の写真は同じプラントでプレスされた正規レコードで、J'Anna Jacobyというバイオリニストによる「Little Girl With Her Hair All Down Behind」というタイトルの1976年リリースLPである。マトリックスはVC 4421、バック・カバー記載の内容からサクラメントのスタジオで録音されたことがわかるが、実はこのスタジオは1966年にレコーディング・スタジオとして開設され、その後事業は拡大しレコード制作まで行うようになった。2006年に閉鎖となったそうである。


Twickenham Jams (EP, TW1)とほぼ同時期にWatching Rainbows (EP, WR1)が発売されているわけだが、これらには、1969年1月のGet Back Session、いわゆるNagllaテープから収録されているが、どちらも1月8日の収録なのである。つまり同じマスターから作られ、この2枚においては収録内容が重複しないように配慮されているのである。WizardoグループとTobe Miloの最初の接点(参照→セクション14「複雑で、歪な関係性」L.A. MARRIOTT HOTEL【マリオット・ホテル】)から、取引と、ちょっとしたトラブル(参照→セクション13「In Person – Sam Houston Coliseum」と「Live From The Sam Houston Colosseum」)そして、その後Tobe Miloから、その時点では未発表だったGet Back Sessionのサンプル・テープを使用した「Man Of The Decade(ToMi04)」が発売され、その数年後にWizardoグループのおそらくは「P氏」と思われる人物から、それらをマテリアルとした「Vegemite」(オーストラリア輸出向け、アメリカ国内ではSweet Apple Trax Ⅲ)が制作され、「Get Back Journal」へと繋がってい行く事実を考えると、Twickenham JamsもTobe Miloによるものだった可能性は高い。さらにここからディスク・コピーされSmilin’EarsによるTwickenham Jams (LP, Smil1)は作られたわけであるが、その他のSmilin’ Earsのブートレッグに収録されたコンテンツもTobe Miloのブートレッグからのコピーであり、Beatles '66 (LP, Smil4)に至っては、Tobe Milo Productionとプリントされたステッカーまで貼られていた。これはSmilin' Earsが同一のルートからブートレッグを購入し、単純にディスク・コピーをしていたと考えられ、いっそう、Twickenham JamsがTobe Miloによるものだった可能性が高まる。
次に、Texan Troubadours (VC5280, SH25)を考えてみると、まずは(参照→セクション13「In Person – Sam Houston Coliseum」と「Live From The Sam Houston Colosseum」)を振り返ってみると、ここでちょっとした疑問を持つかもしれない。
Tobe Milo Archivesの中でMilo氏は、P氏が約束を守らなかったことに対し、いわば一つの報復手段として「In Person Sam Houston Coliseum(LP, SH02)」をプレスしたとの記述がある。それはP氏による「Live From Sam Houston Colosseum ( BVP 006、SH03)」には収録されなかったイントロダクション・アナウンスメントをノーカットで入れ、夜の部のみ収録したシングル・アルバムだった。しかし、このようなリリースは果たしてP氏にとって痛手となるものだったろうか?
このアルバムは限定500枚と伝えられていたこともあったが実際には2000枚くらいプレスしたという。しかしそれでもP氏のBVP 006とは比較にならない。ただ間違いなく、おおもとのマスターはMilo氏のもので、マスターを持っている人物にしか「In Person Sam Houston Coliseum(LP, SH02)」を製作することはできない。
ではTexan Troubadours (VC5280, SH25)はどうだろうか。1985年のビートルズ海賊盤事典には「マスターテープから作られている」と書かれている。確かにこの盤はコピーではない。しかし臨場感は異なっており別マスタリングであるものの編集は全く同一である。仮にBVP 006をプレスした人物が、同じテープを利用してプレスしたとしたら・・・、それはもちろん可能だが、まったく無意味なことだろう。というのも、このプレスは「VC5280」というナンバーから1980年春頃と推定される。BVP006は(SH05)のPODレーベル盤をプレスした頃である。そしてその後も同じ仕様でSH06がプレスされ、以降同一スタンパーで(一度マザーから新しくしてはいるが)1980年代後半まで続く。にもかかわらず、同じブートレッガーが別マスタリング、別タイトル、別カバーでプレスするはずはない。
では他に同じマスターを持っている人物と言えば、・・・それはMilo氏しかいない。彼がテープをP氏に引き渡す前にコピーを取っていれば、同一編集のプレスができる。しかもこのマスタリングは、In Person Sam Houston Coliseum(EP, SH01)やSH02と同じサウンドである。ではこれもまた、P氏にとって痛手になるようなものであったと言えるだろうか?
結論を出す前に、VC-5281、つまり20 x 4 (VC5281, Twe16) を考えてみたい。VC5281という番号から明らかにVC5280と同時にプレスされたはずで、同一人物によるのものであろう。
こちら→(Twe16)にも書いたが、Verzylがプレスした20 x 4 (Verzyl, Twe17)のような、Twe01からのディスク・コピー盤では無い。20 x 4 (First pressing, Twe01)と同じではあるものの、別マスタリングなのである。Twe01が登場してから、2年の後に別マスタリングで同じブートレッグを出す必要がなぜあったのか?そしてVC5280とともにプレス枚数はさほど多くないように思える。
それよりも、Verzylがプレスしたコピー盤の方がはるかに多く、BVP006や20X4の売り上げに影響したことだろう。
では仮に「VC5280/81」のプレスはMilo氏の仕業だとしたら、何のために、わざわざ手間をかけてまで再マスタリングしプレスしたと考えられるだろうか?
この謎はMilo氏のみが知っていることだろう。
あくまで私見だが、私はMilo氏が「Live From Sam Houston Colosseum」の件で怒り心頭であったことを知っている。しかし基本的に彼は紳士で、その後もビジネスは続行させた。以前、私に「メジャー・ブートレッガーとはうまく付き合うことを考えていた」とも語ってくれた。私は彼に「賢く、筋を通すタイプ」という印象を持っている。Milo氏はメジャー・ブートレッガーとは異なり利益優先ではない。おそらくは「オリジナルは自分」であるという証拠を残したかったからではなかろうか。またこういったことを楽しんでいたのかもしれない。
Tobe Milo Archivesの中には「探せばまだあるはず」と書かれている。おそらくこれらの他にもMilo氏プレスのブートレッグはあるに違いない。



